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名古屋おぼえがき

どうも!甘薬代表です!
2015年になってしまいましたねっ!

本格的に放置コンテンツになりつつありますが
(すでになっていますが……?)
気持ちとしてはいろいろ書きたいものはあるんです。
いやほんとに

とりあえず半年以上も空けといて
いよいよまずいな……というわけで
2014年を振り返った記事でも更新しておこうと思い立ったんですが、
昨年10月に名古屋を訪れたことを
書き留めておくつもりで2ヶ月以上も手が付けられなかったのがあるので
それをまず書いておこうと思います。

あくまで半分は自分用のメモという感じです。
しかも2ヶ月以上前のことで記憶が曖昧ですがw



2014年10月11日夜――
翌12日にポートメッセなごやで行われる即売会
コミックライブin名古屋に参加するため
わたし&りたさんにくさんは
夜行バスに乗って出発しました。

あまやくにとって金欠はデフォルトですので
移動は基本的にバスなんですが、
徳島名古屋直通の高速バスって
本数すくないんですよね(^^;
なので、否応なく夜行バスというチョイスになったわけですが

ただ、金欠だからこそ
3人とかでどこかに行ける機会というのもめったにないので
いつもがんばってくださっているりたさんにくさんには
特に楽しんでもらえたらいいなぁと
出発前から考えていたものです。俺いい代表です。

そういうわけで、着いたその日はイベント参加
→軽く打ち上げて早めに寝る
→翌日観光、その夜にバスに乗る
というプランで、われわれは旅に出たのでございました。


出発前から台風が接近しているニュースは確認していて
「これ、イベント大丈夫なのかな?」とか
呑気なことを考えてはいたのですが――
とりあえず無事に到着いたしまして、
あんこトーストも食べました。
IMG_20141012_082035965.jpg

IMG_20141012_170436126.jpg
1枚目は着いてすぐに食べたやつ。
2枚目はイベント後に喫茶店で食べたものです。
あんこトースト大好きになりました。


そしてイベントにも楽しく参加できました。
スペースまで来てくださったみなさま
改めましてありがとうございましたm(_ _)m

その夜は予定通り、軽く打ち上げ的な感じで
名古屋在住のおともだちに教えてもらった居酒屋さんで飲んだり
まったりとした時間を過ごしました。
IMG_20141012_203607799.jpg

IMG_20141012_210426165.jpg
手羽先おいしいね。○ちゃんのやつより風来坊さんの方が個人的に好みでした。
他にもいろいろ食べたけど食べるのに夢中だったようで撮影してませんね。。


で、フラグ回収は翌日でありました。

天気的には、特にヤバそうな雰囲気もなかったのです。
ただ、ニュースを見た感じ夜は嵐になるだろうという感じだったので
「早めに観光しとこうかー」というノリでホテルを出ました。
危機感全くありませんが、実際雨も風も夜中まで全然強くなかったです。

……暴風警報は出てたみたいですが。

とりあえず名古屋城だー! と、着いてみると
さっそく警備員のおっちゃんに呼び止められまして
「警報出たんで閉館」と告げられましたorz

IMG_20141013_104438770.jpg
呼び止められた直後にその場で撮った
遠景の中の名古屋城。しゃちほこがちらり。

IMG_20141013_104605749.jpg
こちらは門の前ギリギリまで近づいて
恨みがましく撮ったもの。また来るぞちくしょー


……いくら待っても入れてくれるわけもないよなと
気持ちを切り替えて別のところに行くことにしました。

とりあえず前もって調べてて行こうと思っていた
徳川美術館と熱田神宮に向かいます。
天気的には全然大丈夫そうでしたが(普通のくもり・小雨ぐらい)
だめかもしれんなぁと思いつつ、移動。

すると、徳川美術館はやってました。
庭園の方は閉鎖されてましたが館内見学はできました。
ようやく観光らしいことできるな~と
過去に想いを馳せながら楽しく過ごしました。
IMG_20141013_115013863.jpg
この頃は雨も振ってなかったかな

その後、一旦名古屋駅に戻ってから熱田神宮にも行きましたが
その時には小雨が降っていたのもあって
なぜか写真撮ってません←
ふつうに歩き疲れてたような記憶もありますが
もはや定かではないというか。。


とにかくそれから再び名古屋駅に戻りまして
晩御飯でも食べるかーと言ってた辺りで
電車が本格的に止まり始めたりしていたのもあって
「もしかして帰りのバス運休じゃない?」と
深刻な事態に気付いてしまったわけです。

ネットで検索してみるも
公式の情報がなかなか出てこなくて。
ようやく更新されたと思ったら、軒並み赤文字(運休)。
当然のごとく徳島行きもあぼーんでした。あばば

あまやく三人はしばらく唖然として立ち尽くしていましたが
IMG_20141013_181229952.jpg
とりあえずきしめんを食べました。
慌てたところでどうにもならんですたい

きしめんって美味しいんだなぁと思いました。小並感


とりあえず一夜明かして、
翌朝まず神戸まで行って、
そこからなら徳島行きバスも多いので
乗り継いで帰ろうということになりまして。

ただしお金に余裕もないので
女性二人には申し訳ないと思いつつも
早めに漫喫に避難して、夜を明かすことにしました。

切り替えが早かったのもあり、無事にブース確保できまして
そのまま朝まで各自時を過ごしました。
わたしは七つの大罪とか金剛番長読んでた気がするけどほとんど寝てました

そして迎えた朝――
IMG_20141014_070618512.jpg
はい、台風一過で白々しいほどの好天でしたねっ

いっそ帰りもっと遅らせて名古屋城見ていけばよかったかなぁ。。
でもお金もなかったので、やむを得なかったでしょう(^^;

また来るぜ名古屋っ!



……という感じでありまして
なんとか三人無事に神戸→徳島と帰りつきまして

わたしは家に戻って、どっと疲れが出て
一日寝込んだような気がします。よく覚えてませんがw


こんな旅でしたので、ほんといつかリベンジというか
もう一回は絶対名古屋に行かないとなぁと思っている次第です。
次はあもさんも一緒に行けたらいいね


と、長々と書きましたが、読んでくださったあなたに御礼を申し上げます。
これ、最初にも書きましたがほとんど自分用メモですので。。

すぐにどんどん昔のことを忘れちゃうので
メモっとかないとリベンジしたい気持ちもどっか行っちゃいそうだなと思いまして
書き留めておくことにしたのでありました。……・2ヶ月以上挟んでますけどw
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何か書かねばと思いつつ

また2ヶ月も空いてしまった!なぜだ!!

……って、ブログの方でもそんなに更新してないのに
コアな人向けのこっちのコラムを書くのもおかしいんですけど(^^;


とりあえず、『庭』完結してから
LTLを一通りアップデートかけつつ
新作を水面下であれこれと作り続けた2ヶ月でしたが……

全く時間がないわけではないのです。
らくがきしたりする時間は作れてますし。。

ただ、コラムとして何書いたらいいのかなーと考え始めると
ぶっちゃけネタが思いつかないのですw


……というわけで、何かコンテンツ的なものを
予め用意しておいたらいいんじゃないかと思いました。

むかしむかーし、『みんのべ』なるサービスが存在した頃に
半分以上遊びで『hum.』っていう連載っぽいのをやってたんですけど
それをまたやってもいいかなーって考えてます。
Kateの好きな食べ物について
ダラダラしゃべっていくだけのコラムです。

humanの短縮形であり、『食む』との語呂合わせというかオヤジギャグであり。
生きることとは食べること
……とか、そこまでエラソーなことは何も言うつもりないですが
とにかく食べ物の話でも書いていこうかなと検討してます。

僕は一時的欲求を満たすのが好きな人間ですので。
食べる寝るにゃむにゃむ。
そんなわけで、一番書きやすいネタの一つかなぁと思いつきました。
(にゃむにゃむネタが一番書きやすいとは言えない……w)

そんなわけで、『hum.』はそのうち始めようかなと思います。


あとは……
また皆さんからの質問でも募集させていただこうかなあとか。

……安直ですか?w
だって、自分から語りたいことっておもいつかないんだもーん。。
(にゃむにゃむネタは除くとか言えないですし……)



更新していこうという気持ちはありますので
たまーに覗いてやってくださいw

2013年を振り返って

はい、2014年も3月になったというのにこんな記事ですよw

去年の暮れぐらいには、
年が明けたらすぐに書こうかと思っていたんですが
もう『庭』を書き始めてしまっていたこともあり
コラムのために時間を取るのがめんどいというか
早く『庭』を仕上げたくなってしまったので、後回しになりました。

2013年度、を振り返って……みたいな感じですね。
でも、そういう風にまとめることもできなかったり(^^;

……そもそも、なかなか綺麗に一年スパンなどでは
制作の活動スケジュールを組むこともできませんので、
実際一年ごとに振り返る意味があるのかどうかもわかりません←

この記事はもうこのまま書かないという選択肢もあったわけですが←
ちょうど確定申告のために通帳や領収書チェックし直したりしてて
ああ、そういやこの時期新潟行ったなーとか思い出すこともあったので、
せっかくですし、ちょっとでも書き留めておこうかなと。

で、書いてみたんですけど、
新潟のこととか交流会のことにはあんまり触れてなかったりします。
具体的なエピソード書くのもアレな気がしますしねぇ。
けいと的な反省とかそういうのが主です。
そんなのでも興味のある方だけ読んでくださいー



2012年の冬だったかな?
ホワイトボオドを作り始めて、
そのまま年を越して迎えた2013年。

言うまでもなく、「さあ新年!」というノリにもなれず
結局そのまま夏までひたすら
ずーっとホワイトボオドと向き合うことになりました。
なので、2013年は大半がホワイトボオドでした。
少なくとも僕の感覚的にはそうですw

着手した段階では、2013年4月ぐらいには
リリースしてる心づもりだったんですけど
いやはや全く難産だったのですねぇ。他人事のように言ってますね!←

重い話だったので、書き進めるのがしんどかったというのも
なかったわけではないですが、
最初に発表する段階から最高のものを作ろうという
意気込みが強すぎて、空回りした感覚ですね。

結果的に納得のいく形になるまで試行錯誤しましたけど
このペースでやっていくと、間違いなく身体壊すし
たぶんそのうち完全に生活できなくなるだろうなーと思いました。

なので、今後はあんまり肩に力入れずに
後で気に入らなければバージョンアップしようというぐらいの
軽い気持ちでやっていこうと思っております。
もちろん、テキトーにやるという意味ではないですよっw
みなさんをナメてるみたいな状態では出さないようにしますけど
どのみち私、100点を取るのは苦手な性質なので
あまり神経質になりすぎないよう、やっていこうということです。


ボオドをやってよかったなーと思うこともいろいろあって……
ひとつは、文章書くのが楽になった気がします。
はい。上手くなったとは言わないよw
ただ、いろんなものを書きやすくなったと感じるというか。
しんどい思いをしたなりに、勉強になったこともあったんでしょうね。

あとは、心の調子を整えるのも上手になった気がします。
書くのに一番大事なのって、体調とか精神状態なんだなぁということは
ヘタなりに何年か書き続けてきてわかってきたことですが、
とりあえず、欝になったり凹んだりせず
無心になって書いてるうちは、書けるようです。


2013年は、プライベートでも大きな変化がありまして
母方の祖父母が立て続けに亡くなってしまいまして。
祖母が腰痛を訴えて入院してから、急に具合が悪くなって
寝たきりになっちゃったと思ったら、祖父が亡くなって。
祖母も秋には意識がはっきり戻らないまま息を引き取ってしまいました。

僕は生まれた時から(引越しは何回かしましたが)
ほぼずっと徳島市内に住んでるんですが
母方の祖父母も近所にいて、身近な存在でありました。
幼稚園の頃、後ろに乗せてもらってた自転車とか、まだありますよw

自分ではあんまり自覚なかったですけど、
割とおじいちゃん子おばあちゃん子だったんだなと、
二人が亡くなってから気付かされたりしました。
神様嫌いが般若心経を空で唱えられるようになりましたもんねw

まあ、そんなけいとさんももう30過ぎてるわけで
祖父母が遠からず亡くなることぐらいわかってましたし
普段から会話するのを多くしようと心がけたりしていたせいか、
急逝とは言え、「もっとこうしてあげたらよかった」とか
あんまり切実には思わなかったというか。
稼げてないし不甲斐ないけど、俺、孝行者で可愛い孫だったなw
なんて、脳内で自虐する余裕もありましたし。

それでも、制御できない部分で自分が崩れてたんでしょうねえ。
スタッフには申し訳ないですが、客観的に振り返ると
身の回りのことがボオドの遅れに直結したんだろうと
判断せざるを得ません。
結果的に『庭』もここまで遅れてしまいましたが
みなさんにも、ごめんね。

実は、ボオドをリリースすべきかどうかは、一瞬ためらいました。
祖父が亡くなったのがちょうどボオドの本文を書き終えた日だったのですが、
どうしても作品の内容的に、顧みざるを得なかったというか。
葬式終わってすぐに、頭から読み返しました。
自分で納得できないなら出すのをやめるつもりでしたが
いけると思ったので審査に出しました。
たぶん、自分の中ではホワイトボオドという作品と
制作していた苦しい期間は、一生忘れられないものになっただろうと思います。


……まあ、毎回苦しんで作ってますけどw

書いた本人が忘れてしまうほど大量生産もしたくないので
今後も苦しみ続けていけたらいいなというのが、正直なところでもあります。

『庭』は……今まででは一番しんどくなかった感覚もありますが
シリーズものなので楽だったというのが大きいのでしょう。
なんでも初めての試みがしんどいようなので
これからも否応なくしんどい思いをさせられることになるかと予想されますが
自分で望んでやってることですし、がんばってやっていきますー


とりあえず、気楽にやります。気楽に、たくさん作る。発表する。
これ、2014年の目標です。

そのためには健康第一・コンディション第一でしょうから。
もうちょいしたら、ちょっとジョギングなどはじめてみようかと思ってます。
週一フットサルやってますけど、
それだけではスタミナ面の強化ができそうにないので、
肉体改造気味に走ったり筋トレもしていこうかなーという野望。


……けいとさん。アンタ何になるつもりなんだい?

と、自分でツッコんで筆を置きます。
お付き合い下さってありがとうございましたー

かくれんぼ(下)

<かくれんぼ(下)>

もう いいかい?




もう いいよ





ケイトくんは、人並みに成長していきました。
それなりに人生に失望しながら、社会を呪いながら…
それでも、自殺することもなく生きながらえまして、大学生になりました。

経済的に大学進学は諦めていましたが、
奨学金がもらえたので、地元の国立大には進学できました。
進学していなかったら全く別の人生を送っていただろうなぁと、
空想するのは儚い趣味です。


人生って、本当に一本道ですね。昔を振り返るたびに、つくづくそう思います。


昔を振り返るのは、あくまでも趣味。
趣味ということは、楽しんでやっているわけで。

ふと思い出された、過去のささやかな一枚絵を、
今の自分なりに調べて探ってみるのは、なかなかに楽しい作業であります。

ルーツを辿る作業にもなるんでしょうね。
私という人間を象っていったものが、一体なんなのか。再確認できる楽しさがあります。



ある時、私は件の「山」のことを思い出しました。
脈絡なく急に、です。

山、砂鮫、広場、砂場…一緒に遊んだ子ども達。

今あの山がどうなっているのか、無性に気になり始めました。


二度の引っ越しがありましたが、
その山は自転車で行けなくもない距離にあったので、
思い立ったその週のうちに出かけてみました。


昔住んでいたアパートは、そのままそこにありました。
…あ、そのまま、というのは嘘です。外壁が塗り替えられ、
一見すると別の建物のようではありました。

それでも、10数年の間にすっかり様相の変わった町並みを見ていると、
「そのまま」と言ってしまって差し支えないかと思います。


無くなった建物や、新たに立ち並んだコンビニやファミレス…
久しぶりに来たこの街に、私はそれでもノスタルジーを感じました。

山までの途中、ドブ川を越えて、猫がたくさんいた家の脇をすり抜けながら、
この街に暮らしていた記憶を、鮮明に取り戻していったのです。



山の麓に着きました。

自転車は、神社があったのでそこに置かせてもらいます。

暑かったのでダイエットコーラか何かを自販機で買った記憶があります。
あの頃はコカコーラ・ゼロは無かったんですねぇ。
そう思うと、この体験すら、昔話になっていってしまっているようです。


飲み物を買った後で、例の排水溝を探しました。
すぐに見つかるかと思ったのですが、なかなか発見できず。

確かここだと思っていた場所が、記憶違いの的外れだったのか、
もしくは排水溝自体が作り直されて場所が移ってしまったのかと考えながら、
その付近をうろうろと散策しました。


15分くらい探して、早くも飽きはじめた頃に、
それらしいコンクリートの排水溝を見つけました。
思っていたより細くて、滑り台にする発想は今なら浮かばなかったでしょう。
身体が大きくなっていることを実感して、月日が流れていることを改めて認識しました。



周囲に人影もなかったので、恥ずかしげもなく排水溝沿いに登っていきます。


しかし、結構な距離を歩きましたが、
砂鮫どころか、その手前の平地にすら行き着きません。
15分くらい登ったり降りたりしたところで、疲れてきたので帰ることにしました。


…ん、
根性無しとか言わないでくださいよ。
もともと基本的にはインドア派な私の、気まぐれな冒険です。
飽きたら帰る。自然なことでした。

無駄な体力の消費は、元より性に合わないのです。
私らしいやり方で、帰宅してから調査しよう、と速やかに頭を切り替えました。



その日の夕食時、母に昔のことをいろいろ聞いてみました。

反則技ですが、一番手っ取り早い方法です。
私は幼児だったかも知れませんが、母はすでに大人だったわけで、
「山」に関しては具体的に記憶も知識も持っているはずです。



結果、思った以上にすんなりと情報を入手することができました。

会話は関西弁でしたが、翻訳してお届けすると、こんな感じ。


母:…山?
私:うん、昔住んでた近所の
母:砂場があるような公園は、その辺にはなかったはずだけど。
私:公園…っていうわけじゃなくて…砂場がある広場?
母:は?何それ。ないない。


…以上。


私が遊んでいたはずの場所は、「ない」。いや、そう言われても。

私の腑に落ちるわけがなく、あれこれ質問してみましたが、
母にとっては興味もない、どうでもいい話。
まともに取り合ってくれません。


ぶっきらぼうに答える中で、砂鮫の正体だけはかろうじてわかりました。
正確に言うと、おそらくこれだろうと、推測することはできました。

母の不誠実な応対の中で出て来たことでしたが、
あの山には、戦時中に作られた防空壕が点在していたらしいです。



…砂鮫は、防空壕?


なんだか、鮫に見えていたはずの記憶の中の光景が、
実際に私の網膜に映っていた景色に、すり替わっていくような感じがしました。



後日、改めて山に向かいました。


結局、前回同様にあてもなく彷徨っただけですが、
砂鮫の正体を知ったせいか、前は気にならなかった別の物が目に入ってきます。
景色は同じはずのに、違ったものが見えました。


山には、どうやら霊園や墓地がたくさんあったようです。

排水溝周辺を往復している途中にも、木々の隙間を縫って、
向こうに墓地があることが確認されました。



探していくうちに、二度とあの場所に辿り着けない確信だけが、私の中で強まってきました。
母が言うように、あの場所は「なかった」のかもしれません。

私自身が体験したことのはずで、景色も比較的鮮明に残っているにもかかわらず、
私はすでにあの場所に行き着くことを諦めていました。


一緒に遊んだはずの子ども達は、どこへ行ったんでしょうね。



あれは幽霊だったんだよ…

って、言ってしまえば簡単で、
陳腐な怪談の出来上がりなわけですが、
私は安直な答えでは満足できないようです。
とは言え、これ以上知ることもできなそうだと、わかってはいますが。



昔から、「幽霊のようなもの」が見えます。

狙って毎回見えるわけではありません。
時々、気づいたら見えています。
そして、注視していると消えてしまいます。

怖がりな人には「俺、幽霊が見えるんだぜ」って言ってやります。
私は笑いながら言ってますが、心の中には、実はこっそり、わだかまりを残しています。


あれって、本当に、死んだ人の霊なんでしょうか?


私は、数組の母子連れの幽霊と出会い、
幽霊と一緒に遊ぶという心霊体験をした。


一文でまとめればそれだけのことですが、
実際に経験している私には、どうにも納得がいかないのです。
確かに一緒に遊んで、私は、楽しかったはずなんですよね。



なんで今は、見えないんだろうなぁ。



彼らが、
彼らを見えない私に、
「地蔵マリオ」をやってるんなら寂しいなって、

そんな風に思うのでした。





もう いいかい?



…よくはないけど。


2009.6.27~29
若干の改稿 2012.12.1
------------------------------------------------------------

…というコラムでした。

これ、当時フリーターだった頃に
休憩の合間に書いた文章だったような。

あれからもう3年以上。
あっという間に寿命が尽きそうですねぇ。


そんなわけで、次回は2012年12月現在の目線で
『ネコ公園で待ってる』という作品を振り返ってみて、
あれこれ書いてみようかなーと思います。

思い付きでガーッと書くので、たぶん脈絡無い文章になりますが
作品をより楽しんでいただけるような内容になれば良いなと思います~

かくれんぼ(上)

2009年6月末頃に、某みんなのノベルにて公開したものです。

『ネコ公園で待ってる』のベースになった1要素である、私の実体験のお話です。
みんノベもサービス終了しましたので、こちらに転載しておきます。



------------------------

<かくれんぼ>


もう いいかい?



まあだだよ




はじめての方は、はじめまして。
そうでない方は、こんにちは。
Kateです。


私、怖い話は苦手です。
本当に心の底から怖いと感じる話を聞いた日には、
夜中にトイレに起き出すのも苦痛なくらいです。
いい年して情けない話ですね。

かと言って、幽霊を信じているわけではありません。
文系の、しかもあまり出来のよくない脳みその持ち主ですが、
一応科学的な思考もやりますので、霊魂の存在も信じておりません。

無神論者でもあります。
…困った時は神頼みしますし、初詣もクリスマスも楽しんでいますが。
そこは今回はあまり重要なことじゃないので、笑って流してください。


はい、幽霊なんて、いるわけないんです。
だ、時折視界に紛れ込む彼らが何なのか、説明する術も私は持ちません。



少し、昔話をしましょう。



私は、幼年時代、山のすぐ傍の住宅街に住んでいました。
山の傍と言っても、街です。
とりわけ田舎というわけでもない街の、
狭いアパートに、両親と二つ下の弟と住んでいました。


私は、昔から、専らその弟と二人で遊んでいました。
近所にも、遊び相手はほとんどいなかったのですね。

幼稚園の友達と遊べばいいじゃないか、
と、指摘されそうですが、そういうわけにもいきませんでした。


私、実は、生れつき右目の視力がありませんで、
普通の幼稚園ではなく、盲学校の幼年部に通っていたのです。


4、5歳の私には、退屈な場所でしたよ。
片目が見えない以外、健康だった私は、人一倍騒がしくて、遊びたがりでした。
でも、他の全盲の子たちと一緒に遊ぶわけにもいきません。
みんな、目が見えないから当然大人しいのです。
一人走り回っては、先生に叱られ、座らされていました。


はっきり嫌だったと記憶しているのは、目の訓練。
ガーゼで見える方の目を覆って、見えない目だけで、どうにか物をみようとする訓練です。

私の右目は「失明」ではなかったので、
この訓練で視力が回復する可能性があったらしいです。人間の身体って不思議。

結局、ガーゼの感触と匂いが嫌でたまらなかった私は、
真剣に取り組まなかったらしく、成果も出ませんでした。
片目が見える幼児にこの訓練の必要性を理解させるのも難しかったでしょうね。



話が少し逸れたので、元に戻しつつ。


盲学校では、本をたくさん読みました。
他にやることがなかったのもありますが、たくさん読んでいました。

年配の先生が漢字を教えてくれるのも楽しかった。
年配なせいで旧字で教えてくれていて、小学校に上がって顰蹙を買ったのは御愛嬌です。


思えば、本を読む癖は、この頃からついていたのですね。
あればあるだけ本を読んで、後はテレビを見て、ゲームをして…


他には、パズルやビーズを使った工作なんかもよくやっていました。
それも目の訓練の一環だったようですが、小さな私は全く訓練のつもりもなく、
素直に楽しんでいた記憶があります。



さらに言うなら自分が片目が見えないことが特別だとも、よく知らなかったようです。


全盲の子が「見えない」ことがわかっていなかった私は、
ある友達と一緒にいた時に、ふと閃いてしまいました。

「こいつは、黙ってたら僕に気づけない」…

ファミコンのマリオ3に、「地蔵マリオ」ってのがあったんですよね。
マリオが地蔵になって無敵状態になるやつです。
私は、「地蔵マリオになったらおもしろそう」と、そう考えました。

そして、実践してしまいました。

結果は、もう見えてますよね?
その子は私を探して、よたよたうろうろ、覚束ない足で歩き回っていました。
私は、作戦が成功したのがおかしくて、笑いをこらえていました。

直後にちょうど母がやって来て、その光景を目の当たりにして、幼い私はこの上ない程の折檻を受けました。

私は、何が悪かったのかもわからないまま、
ただ、私の行為が人として最低の行為だったと、身をもって教えられました。


いまだに後悔しています。


今は罪の意味がわかりますので、
あの、私を探すあの子の姿がフラッシュバックされるたびに、
死んでしまいたいくらいの自責の念に駆られます。



私はこんな感じで、ぼんやりと、
しかし確かに毎日が続いていく、幼年時代を送っていました。



長くなりましたが、私の体験を語る前に、
前提として私の昔を知っていただいた方がいいかと思い、つらつらと書いてみました。



さて、ここからが本題です。
幼児だったけいとくんは、いったい何を見ていたのか。



近所に山があると言いましたが、私はその山によく出かけていました。
よく、その山で遊んでいました。


はい、ひとりです。小さい弟は連れて行けませんので。


母は、どこかふらっと出かけている、程度に思っていたようです。
暗くなるまでには必ず帰っていたので、放任されていました。


山は、秘密の道から登ります。

雨水を流すための、コンクリートで舗装された排水溝です。
滑り台みたいでしたが、あまり滑りはよくありませんでした。


秘密の道を登っていくと、平らになった場所に出ます。

そこには「砂鮫」がいました。

草が生えていない砂の壁に、ぽっかり穴があいていたのです。
私は鮫が口を開けているように見えたので、「砂鮫」と心の中で呼んでいました。


砂鮫の所まで来たら、目的地まであと少しです。



山の合間に開けた土地があって、そこにはいつも何組かの母子連れがいました。

知らない子たちばかりでしたが、お構いなしに一緒に遊んでいました。
向こうも何も聞かず受け入れてくれたので、たびたび通うようになりました。


砂場があったので、お城を作ったり、トンネルを掘ったり。

時には鬼ごっこやかくれんぼもしていました。

かくれんぼの途中で、よくお腹が空いたり疲れたりして、家に帰ってしまっていました。
勝手な奴ですが、何がいけないのかも理解できないままでした。

そんなことをしても、次にあの場所に行けば、何も言われずに一緒に遊んでくれたのですね。
名前も知らない子どもたちでしたが、数少ない私の遊び相手でした。


小学校二年に上がる時に引っ越しするまで、その山にはよく登りました。
よく遊びに行きました。


引っ越してからは、他に遊ぶ友達もできたので、山のことはすっかり忘れていきました。

こどもの頃は、次に何をしたいか…それしか頭になくて。
明日が来ることばかり期待して、昨日のことはどんどん忘れ去っていったのでした。



→<かくれんぼ(下)>につづく
プロフィール

Kate

Author:Kate
sweet ampoule代表
主にシナリオ担当です。

ここでは作品にまつわるエトセトラや制作の裏話を中心に更新していく予定です。
時には作品と全く関係のない記事も書くかと思いますが、まったりお楽しみくださいませー
なお、初めてお越しの方は『はじめに。』から順番に読まれることを一応推奨しておきます。

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