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かくれんぼ(上)

2009年6月末頃に、某みんなのノベルにて公開したものです。

『ネコ公園で待ってる』のベースになった1要素である、私の実体験のお話です。
みんノベもサービス終了しましたので、こちらに転載しておきます。



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<かくれんぼ>


もう いいかい?



まあだだよ




はじめての方は、はじめまして。
そうでない方は、こんにちは。
Kateです。


私、怖い話は苦手です。
本当に心の底から怖いと感じる話を聞いた日には、
夜中にトイレに起き出すのも苦痛なくらいです。
いい年して情けない話ですね。

かと言って、幽霊を信じているわけではありません。
文系の、しかもあまり出来のよくない脳みその持ち主ですが、
一応科学的な思考もやりますので、霊魂の存在も信じておりません。

無神論者でもあります。
…困った時は神頼みしますし、初詣もクリスマスも楽しんでいますが。
そこは今回はあまり重要なことじゃないので、笑って流してください。


はい、幽霊なんて、いるわけないんです。
だ、時折視界に紛れ込む彼らが何なのか、説明する術も私は持ちません。



少し、昔話をしましょう。



私は、幼年時代、山のすぐ傍の住宅街に住んでいました。
山の傍と言っても、街です。
とりわけ田舎というわけでもない街の、
狭いアパートに、両親と二つ下の弟と住んでいました。


私は、昔から、専らその弟と二人で遊んでいました。
近所にも、遊び相手はほとんどいなかったのですね。

幼稚園の友達と遊べばいいじゃないか、
と、指摘されそうですが、そういうわけにもいきませんでした。


私、実は、生れつき右目の視力がありませんで、
普通の幼稚園ではなく、盲学校の幼年部に通っていたのです。


4、5歳の私には、退屈な場所でしたよ。
片目が見えない以外、健康だった私は、人一倍騒がしくて、遊びたがりでした。
でも、他の全盲の子たちと一緒に遊ぶわけにもいきません。
みんな、目が見えないから当然大人しいのです。
一人走り回っては、先生に叱られ、座らされていました。


はっきり嫌だったと記憶しているのは、目の訓練。
ガーゼで見える方の目を覆って、見えない目だけで、どうにか物をみようとする訓練です。

私の右目は「失明」ではなかったので、
この訓練で視力が回復する可能性があったらしいです。人間の身体って不思議。

結局、ガーゼの感触と匂いが嫌でたまらなかった私は、
真剣に取り組まなかったらしく、成果も出ませんでした。
片目が見える幼児にこの訓練の必要性を理解させるのも難しかったでしょうね。



話が少し逸れたので、元に戻しつつ。


盲学校では、本をたくさん読みました。
他にやることがなかったのもありますが、たくさん読んでいました。

年配の先生が漢字を教えてくれるのも楽しかった。
年配なせいで旧字で教えてくれていて、小学校に上がって顰蹙を買ったのは御愛嬌です。


思えば、本を読む癖は、この頃からついていたのですね。
あればあるだけ本を読んで、後はテレビを見て、ゲームをして…


他には、パズルやビーズを使った工作なんかもよくやっていました。
それも目の訓練の一環だったようですが、小さな私は全く訓練のつもりもなく、
素直に楽しんでいた記憶があります。



さらに言うなら自分が片目が見えないことが特別だとも、よく知らなかったようです。


全盲の子が「見えない」ことがわかっていなかった私は、
ある友達と一緒にいた時に、ふと閃いてしまいました。

「こいつは、黙ってたら僕に気づけない」…

ファミコンのマリオ3に、「地蔵マリオ」ってのがあったんですよね。
マリオが地蔵になって無敵状態になるやつです。
私は、「地蔵マリオになったらおもしろそう」と、そう考えました。

そして、実践してしまいました。

結果は、もう見えてますよね?
その子は私を探して、よたよたうろうろ、覚束ない足で歩き回っていました。
私は、作戦が成功したのがおかしくて、笑いをこらえていました。

直後にちょうど母がやって来て、その光景を目の当たりにして、幼い私はこの上ない程の折檻を受けました。

私は、何が悪かったのかもわからないまま、
ただ、私の行為が人として最低の行為だったと、身をもって教えられました。


いまだに後悔しています。


今は罪の意味がわかりますので、
あの、私を探すあの子の姿がフラッシュバックされるたびに、
死んでしまいたいくらいの自責の念に駆られます。



私はこんな感じで、ぼんやりと、
しかし確かに毎日が続いていく、幼年時代を送っていました。



長くなりましたが、私の体験を語る前に、
前提として私の昔を知っていただいた方がいいかと思い、つらつらと書いてみました。



さて、ここからが本題です。
幼児だったけいとくんは、いったい何を見ていたのか。



近所に山があると言いましたが、私はその山によく出かけていました。
よく、その山で遊んでいました。


はい、ひとりです。小さい弟は連れて行けませんので。


母は、どこかふらっと出かけている、程度に思っていたようです。
暗くなるまでには必ず帰っていたので、放任されていました。


山は、秘密の道から登ります。

雨水を流すための、コンクリートで舗装された排水溝です。
滑り台みたいでしたが、あまり滑りはよくありませんでした。


秘密の道を登っていくと、平らになった場所に出ます。

そこには「砂鮫」がいました。

草が生えていない砂の壁に、ぽっかり穴があいていたのです。
私は鮫が口を開けているように見えたので、「砂鮫」と心の中で呼んでいました。


砂鮫の所まで来たら、目的地まであと少しです。



山の合間に開けた土地があって、そこにはいつも何組かの母子連れがいました。

知らない子たちばかりでしたが、お構いなしに一緒に遊んでいました。
向こうも何も聞かず受け入れてくれたので、たびたび通うようになりました。


砂場があったので、お城を作ったり、トンネルを掘ったり。

時には鬼ごっこやかくれんぼもしていました。

かくれんぼの途中で、よくお腹が空いたり疲れたりして、家に帰ってしまっていました。
勝手な奴ですが、何がいけないのかも理解できないままでした。

そんなことをしても、次にあの場所に行けば、何も言われずに一緒に遊んでくれたのですね。
名前も知らない子どもたちでしたが、数少ない私の遊び相手でした。


小学校二年に上がる時に引っ越しするまで、その山にはよく登りました。
よく遊びに行きました。


引っ越してからは、他に遊ぶ友達もできたので、山のことはすっかり忘れていきました。

こどもの頃は、次に何をしたいか…それしか頭になくて。
明日が来ることばかり期待して、昨日のことはどんどん忘れ去っていったのでした。



→<かくれんぼ(下)>につづく
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プロフィール

Kate

Author:Kate
sweet ampoule代表
主にシナリオ担当です。

ここでは作品にまつわるエトセトラや制作の裏話を中心に更新していく予定です。
時には作品と全く関係のない記事も書くかと思いますが、まったりお楽しみくださいませー
なお、初めてお越しの方は『はじめに。』から順番に読まれることを一応推奨しておきます。

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